未和 NHK記者はなぜ過労死したのか

未和 NHK記者はなぜ過労死したのか の詳細

「東京の夜景はわたしたちの残業が作っているんだ」。そう母親に話した娘さんは過労自殺に追い込まれた（2016年12月）。電通社員だった高橋まつりさん（当時24歳）のことである。この事件は大きな社会問題になり、蔓延する長時間労働への警鐘となった。政府が進める「働き方改革」にも残業規制の上で影響をあたえた（結果はむしろ遺族の望まぬ残念な内容になったが）。まつりさんの過労自殺の２年半前2013年7月、NHKでも将来有望な若い女性記者が、過酷な働き方の末に過労死したことをどれだけの人が知っているだろうか？仕事熱心で笑顔が絶えず、誰からも愛された佐戸未和さんがその人である。佐戸未和さん、1982年6月長崎に生まれ。一橋大学法学部を卒業後NHKに入局し、鹿児島で報道記者としての仕事を始めた。鹿児島時代には、後に冤罪事件で知られることになった志布志事件の関係者や拉致被害者・市川修一さんの家族を取材し、優れた報道番組を作った。取材対象に熱心に寄り添い、問題の本質を突き詰める姿勢は、社会派ジャーナリストの誕生を予感させた。その後、東京の首都圏報道センターへ異動になり、2013年に東京都議選、参議院選挙の取材を担当した直後、うっ血性の心不全で亡くなった。享年31歳。家族にも婚約者にも看取られることのなかった孤独で早すぎる旅立ちであった。遺族の深い悲しみ、本人の無念を思うといたたまれない。そして――彼女の過労死は4年以上公表されることはなかった。なぜなのか？未和さんは、自らの職場で懸命に仕事に取組み、仲間たちの輪の中で支えられながら必死に生きた。家族や仲間たちの心に刻まれている彼女の生きた証を丹念に紡ぎ再現したのが、尾崎氏の作品である。彼女を孤独な死に追い込んだ巨大メディアNHKの裏側にある様々な問題点、組織の論理をあぶりだしている。ちなみに尾崎氏は、NHKで25年間、フリーランスの映像制作者として働いていた外部スタッフである。未和さんがどのように生きたのか、どんな報道に携わってきたのか、亡くなる直前の膨大な長時間労働（過労死ラインを2倍以上上回る209時間の時間外労働）は一体何であったのか、彼女を救うにはどうすべきだったのか、尾崎氏は100人を超す関係者への取材を通じて、そうした問題を浮かび上がらせている。ぜひ本書を手に取り、未和さんの姿に触れ、自身の働き方を考える一助にしてもらえればと思う。願わくばこのドキュメンタリーがNHKの外部スタッフである尾崎氏ではなく、NHKの記者自身によって描かれるべきものであったと思う。それを拒んだものが巨大メディアNHKの自己防衛＝組織優先の論理だったのだろうか。